3月11日の出来事。心から感じた教師の責任…初めて教員を辞めようと思った日。

教室 ◇英語教師

こんにちは☺️
元公立中学校英語教師✳︎
ライフコーチ / 英語コーチの新川紗世です🌺

今日は3月11日。9年前の今日、東日本大震災でした。

東日本大震災にて亡くなられた方のご冥福をお祈りし、被災者の方々には心よりお見舞い申し上げます。

教員としてして働いていた9年前の今日、私にとっても忘れられない1日であります。

◇◆◇◆◇◆◇◆

日々、『辞めたい』と何度も思ってきた教員の仕事ですが、『辞めたい』の中でも、私が最初に心から退職を考えた出来事を今日はお話します。

それは、新採2年目のことでした。

私は初任校が小規模中学校だったため、初任1年目から中学2年生の担任を任され、翌年初任2年目のときには、初めて中学3年生の担任をもたしてもらいました。

ただでさえ飛び込み中学2年担任って大変と言われています。

思春期真っただ中の中学生。そして若い私。新採の頼りない私。

初任1年、2年目のことを考えると、よくもまぁ耐えられたなと思うような毎日を過ごしていました。

でも若かったので、目の前のことにとにかく精一杯頑張っていた感じ。

そんな初任2年目、初めて中学3年生担任、初めての進路指導を乗り越え、

初めての卒業式に向けて準備中の3月。

忘れもしない2011年3月11日。

中学3年生は授業なしで最後の球技大会を行っている最中でした。

男子は運動場でサッカー、女子は体育館でバスケ。

担任は両方をいったりきたりして写真撮影をしていたのですが、たまたまその時間は、私だけが体育館にいて、女子の応援をしていました。

そこで、地震発生。

叫ぶ女子の声、体育館の柱と柱が当たりあう音、泣き出す女子。

100人近い女子を体育館の真ん中に集めて、『大丈夫、大丈夫、落ち着いて』と声を掛け続けました。

本当は自分だって怖くて泣きそうだったのに、冷静に冷静に、女子たちをなだめる。

当時勤めていた学校は、海のすぐ横。台風のときには、防波堤に押し寄せる波で校舎が揺れるほどの海の近さの学校です。

揺れがおさまった後、これからの指示を受けるために、職員が集められました。

職員室で流れるテレビからは、東北の津波の様子が映し出され、ますます恐怖が増しました。

そして、そのとき考えたことは、「実家の両親、祖母は大丈夫かな。姉家族は大丈夫かな」です。

でも、電話をしている場合でもない。目の前には守らないといけない生徒がいる。

でも家族にも連絡したい。でも今は勤務中・・・

結局、家族と連絡をとったのは、生徒を集団下校させた後。

私は自分の担当地区が自転車通学学区だったため、かなり遠くまで歩いて送って、歩いて帰ってきました。

生徒を送った後、一人で歩いて帰っているときも、

「あー、今大きな余震がきたら、このまま一人で死ぬんだろうか」

そう思いながら、教師という仕事の責任の重さに押しつぶされそうになりました。

教師は、「英語を教える仕事」じゃなくて、「生徒の命を預かる仕事」

当然かもしれませんが、こういうことが起きなければ考えられないことでした。

そして、学校にいる限り、最優先は「家族よりも目の前の生徒」なのです。

私は、この経験を通して、そんな責任の重い仕事はできない、辞めたいと初めて感じました。

そこから10年教師を続けましたが、やはり教師の仕事は「教えること」以上に多くの責任が伴います。

10年以上も教師を続けて、「英語を教える」仕事は何パーセントなんだろうなって思います。

たぶん、10~20パーセントくらいな気がします。

私のしたかった仕事は何だったんだろうと、なぜ英語教師になったのだろうかと、

疑問に感じながら、そこから10年も経ってしまいました。

自分がやりたいことを見直すことって大事だと思います。

大抵、何かきっかけがないとできません。(今回の話でいうと3.11のような)

これからの人生にお悩みの方、一度ご相談ください。一緒に見直してみませんか。

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元英語教諭・心身のバランスを整える ライフコーチ/英語コーチ 「先生のサポーター」 新川紗世のメルマガの無料購読申し込みはこちら メルマガ登録で無料プレゼント実施中ハート

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